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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)9185号 判決

原告 大同鉄塔工業株式会社

右代表者代表取締役 小林勇

右同 花渕駿

右訴訟代理人弁護士 吉川孝三郎

右同 伊藤まゆ

被告 株式会社東京都民銀行

右代表者代表取締役 村上素男

右訴訟代理人弁護士 菅谷瑞人

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的)

1 被告は原告に対し、金二〇〇万円およびこれに対する昭和五四年五月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言。

(予備的)

1 被告は原告に対し、金二〇〇万円およびこれに対する昭和五六年一月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

(主位的請求関係)

一  請求原因

1 原告は、訴外二葉商工株式会社(以下単に「訴外会社」という)を被告とする東京地方裁判所昭和五四年(手ワ)第一一三六号約束手形金請求事件において、「被告は原告に対し、金二〇〇万円およびこれに対する昭和五五年五月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。この判決は仮に執行することができる。」旨の判決の言渡を受けた。

2 原告は、右判決正本に基づき、訴外会社が被告(但し、新宿支店扱い)に対して有する預託金返還請求権の差押え転付命令(東京地方裁判所昭和五五年(ル)第一一二号)を得、右命令は昭和五五年一月一八日被告に送達された。

3 よって原告は右転付命令付債権に基づき第三債務者たる被告に対し、右転付債権の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は、全部認める。

三  抗弁

1 被告は訴外会社に対し、昭和五五年一月一八日においてつぎの債権を有していた。

(イ) 貸金債権 金九九万八四七二円

(ロ) 割引手形買戻請求権 金一七一万七〇〇〇円

2 被告は原告に対し、昭和五五年一〇月九日の本件口頭弁論期日において右債権のうち(イ)の全額九九万八四七二円と(ロ)のうち金一〇〇万一五二八円との合計金二〇〇万円をもって原告の請求原因記載の転付債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1は認める。

2 同2のうち、被告が昭和五五年一〇月九日の口頭弁論期日でその主張どおりの相殺の意思表示をしたことは認めるが、その効力は争う。

民訴法六〇九条の陳述催告に対し第三債務者が被差押債権の存在を認め、または支払の意思がある旨陳述した場合、差押債権者に対して債務承認の効力が生じ、第三債務者は、その後はもはや右債権と反対債権とで相殺することは許されないと解すべきである。

(予備的請求関係)

一  請求原因

1 主位的請求関係一1と同旨

2 原告は、右執行力ある判決に基づき、主位的請求関係一2の預託金返還請求権について東京地方裁判所に債権差押命令の申請をなすとともに、民訴法六〇九条に基づいて右債権の有無等について第三債務者である被告の陳述を求めた。

3 被告は、東京地方裁判所の陳述命令に対し、昭和五四年三月二七日付回答書をもって仮に差押えられた債権について金二〇〇万円の限度でその存在を認め、かつ右同額の限度で支払う意思がある旨陳述した。

4 そこで原告は、被告に対し主位的請求関係一2の債権金二〇〇万円およびこれに対する昭和五四年五月一〇日から支払済みまでの年六分の割合による金員について転付命令を得て、その支払を求めたが、被告はこれを支払わない。

5 被告は、右3の陳述に際しては、差押債務者との間に銀行取引契約締結の事実、貸金債権、割引手形買戻請求権等の反対債権がある旨、相殺予定があるので支払えない旨または少なくとも将来の相殺の可能性がある旨等陳述すべき義務があるのに、このような義務を尽くしていない被告の右陳述は不十分な陳述である。

6 被告は、右3の陳述当時、訴外会社の経営状態から相殺の予定が現実化したにもかかわらず、右のような不十分な陳述を提出した過失がある。

7 原告は、被告の右の如き不十分な陳述がなければ、他の債権確保の方法をとることができ右4の金員の支払を受けえたであろうに、右陳述を信頼したために、訴外会社の倒産により右金員の支払を受けることができず、金二〇〇万円の損害を被った。

8 よって原告は、被告に対し、主位的請求が認められないときは、民訴法六〇九条二項に基づいて金二〇〇万円およびこれに対する本請求をなした本件口頭弁論期日の翌日である昭和五六年一月二三日より支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因第1ないし第4項の事実はいずれも認める。

2 同第5ないし第7項は否認ないし争う。

第三証拠《省略》

理由

第一主位的請求について

一  請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

また、抗弁1の事実および同2項の相殺の意思表示をした事実は、当事者間に争いがない。

二  ところで原告は、民訴法六〇九条の陳述の催告に対し第三債務者が被差押債権の存在を認める旨、またはその支払の意思がある旨の陳述した場合には差押債権者に対して、債務の承認の効果を生じ、その後に第三債務者はこれを反対債権で相殺することができない旨主張する。しかし、同条に基いて第三債務者がなす陳述は、債権譲渡における無留保承諾(民法四六八条)のように、これによって第三債務者(譲渡債権の債務者)の有するすべての抗弁権が失われるものとは異なるものであって、手続の構造上、差押債権者に対する意思の陳述というよりは、裁判所に対する事実の報告とみるべきであり、第三債務者が被差押債権の存在を認め支払いの意思を表明したとしても、それによって債務の承認ないし相殺権の放棄という実体上の効力を生ずるものではない。したがって、後に債権の存在を否認したり、あるいは相殺の主張をなすことを防げるものではない。それ故、原告の主位的請求は理由がない。

第二予備的請求について

一  請求原因第1ないし第4項の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そもそも第三債務者の有する反対債権が相殺適状にあったとしても相殺を行なうかどうかないしは、いついかなる段階においてこれを行なうかは、第三債務者の自由意思に委されているところであるから、第三債務者が反対債権を有する場合においても陳述書提出の段階において相殺の意思を有しないときは、反対債権の存在を陳述する義務もないというべきであり、まして将来の相殺の可能性等の陳述する義務のないことは当然である。

また、原告は右陳述当時、訴外会社の経営状態から第三債務者の相殺予定が現実化していたと主張するが、このような事実を認めるに足る証拠はないし、仮にそのような事実があったとしても、そもそも第三債務者たる被告に対し、右陳述の段階で債務者会社の経営状態に応じて相殺するか否かの確定的な意思決定を一義的に要求することはできないというべきである。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、予備的請求も理由がないことが明らかである。

第三(結論)

よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大澤巖)

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